COLUMN

医療承継を考えるための視点

2026/10/11

谷口慎太郎が語る、医療経営とM&Aの原点①
22歳の私が、初めて「医療と経営」を考えた日

私が医療という世界に興味を持った原点は、22歳のときにあります。

新卒で東京三菱銀行に入行し、最初に担当した医療機関の一つが聖路加国際病院でした。当時の理事長は日野原重明先生。医療関係者でなくても名前を知っている方が多い、日本を代表する医師の一人です。

私は高校生の頃、地下鉄サリン事件をニュースで見ていました。築地駅も事件の現場となり、多くの被害者が聖路加国際病院に運び込まれました。銀行員になって聖路加を担当するようになり、その時に病院がどのように患者さんを受け入れ、医師や看護師をはじめ多くの職員が何をしていたのか、その裏側を聞く機会がありました。聞けば聞くほど、「すごい病院だな」と思いました。医療機関は単に診療をする場所ではなく、社会を支えるインフラなのだと、22歳の私はそこで初めて実感したのだと思います。

ただ、同時に強烈な違和感も残りました。日本を代表する病院で、誰もが知る医師がいて、社会的な存在意義も圧倒的に大きい。それなのに、経営という観点では決して余裕があるわけではない。

「なぜ、これだけ必要とされている病院の経営が、こんなに難しいのだろう」

今になって振り返ると、私が気になったのは赤字そのものではありません。良い医療を維持するために、医師や看護師をはじめとした現場の人たちの献身的な努力に頼りすぎているのではないか。もっと経営を健全にできれば、待遇を良くし、人を増やし、設備にも投資できる。結果として、もっと良い医療を提供できるのではないか。そんなことを考えるようになりました。

その後、私は新生銀行へ移り、「ヘルスケアビジネスユニット」という医療・介護専門の部署で、朝から晩まで医療法人や病院経営について考えるようになります。そこで出会ったのが、茅ケ崎を拠点とするある病院グループでした。

そのグループはM&Aを活用して規模やエリアを拡大する一方、新しい病院の立ち上げにも取り組んでいました。そこで私は、病院を新設することの難しさを知ります。病院は、ホテルや一般のサービス業のように、顧客数に合わせて少しずつ人を増やしていくことができません。極端に言えば、患者さんがまだ一人もおらず、売上が1円もない段階でも、必要な人員と設備をそろえなければスタートできない。つまり、売上より先に大きな固定費が発生します。

当時、その病院グループも新設病院の運転資金確保に苦労していました。数字だけを見れば大きな赤字です。多くの金融機関が融資に慎重になる中、後発で訪問したのが私でした。

ただ、現地を見て地域の需要を調べると、私には少し違って見えました。これは「赤字の病院」ではなく、「まだ立ち上がっていない病院」なのではないか。地域には明確な需要がある。時間はかかっても黒字化できる可能性はある。そう判断し、融資を実行しました。

銀行について「晴れた日に傘を貸し、雨が降ると取り上げる」と言われることがあります。私は、そんな銀行員にはなりたくありませんでした。赤字だから貸さないのではなく、なぜ赤字なのか、その医療機関は本当に地域に必要なのか、将来どうなるのかまで見て判断する。それが仕事だと思っていました。

そして、この案件からもう一つの気づきが生まれます。

「病院をゼロからつくるのは、こんなに大変なのか。それなら、すでに患者さんがいて、医師や看護師がいて、設備もあり、地域との関係もできている病院をM&Aで承継する方が合理的なのではないか」

そこから私は、M&Aは病院業界においても成長や承継のドライバーになり得るのではないかと考えるようになりました。

その後、病院買収ファンドに入り、病院を買う側、経営する側を経験します。リーマンショック後には、買収してきた病院を次々と売却する側にも回りました。融資する側、買う側、経営する側、売る側。若いうちに医療M&Aのほとんどすべての立場を経験したことになります。

そして2009年6月、私は日本M&Aセンターに入社しました。

ただ、振り返れば、私の原点はM&Aではありません。22歳のときに抱いた、「良い医療と、良い経営は両立できないのか」という問いです。銀行、投資、病院経営、M&Aと手段は変わってきましたが、この問いだけは今も変わっていません。

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